WILD THINGS
ARCHIVE DISCOVERY アーカイブから紐解く
ワイルドシングスのフィロソフィー

甲斐 一彦

WILD THINGS
ARCHIVE DISCOVERY #3

ワイルドシングスにまつわる名品を巡る「アーカイブ ディスカバリー」。このジャーナルでは、長年にわたってワイルドシングスを見続けてきたバンブーシュートのディレクター・甲斐一彦氏が、数々の名品アーカイブを解説。往年の貴重なエピソードを交えつつ、ワイルドシングスのフィロソフィーを改めて深掘りしていく。
ワイルドシングスは
ヨコノリなクライマーに支持されていた
アーカイブ ディスカバリー#3では、2023 FALL & WINTERで展開している、アウターに紐づくアーカイブをフィーチャー。アーカイブを甲斐さんに解説してもらいながら、ブラッシュアップが施された、いま買えるモダンなコレクションにも注目してみよう。
――まずはワイルドシングスのアイコン、デナリジャケットから見ていってみましょう。ところで甲斐さんが初めて買ったワイルドシングスは、やはりデナリジャケットだったのでしょうか?

甲斐 それが‘90年代の前半の頃で、当初はデナリジャケットかと思ってたんですが、のちのち話を聞くと、名前は違っていたみたいです。やや長丈で、前立ての比翼がスナップボタン式だったんですよ。当時から丈の長さや中綿の量など、いろいろと形があったのは知っていたのですが。今日はそういった古いモデルが見られると聞いて、楽しみにして来ました。

――それは後ほどお見せしますね。ちなみに当時のワイルドシングスのジャケットは、どういった印象がありましたか?

甲斐 まず10万円近かった、高い値段ですね。やはり服やアウトドアウェアが好きだと、値段が高いと気になるじゃないですか? 単純にカッコいいというのもありましたけど、どれだけのモノなんだろうと興味が湧きましたね。実際に他と機能も違っていましたし。例えばこちらのデナリジャケット。ゴアテックスにプリマロフトを使っていますよね。当時、ザ・ノース・フェイスやマーモットもゴアテックスを使っていたんだけど、中にはダウンを使っていました。ワイルドシングスだけ、プリマロフトのインサレーションを使っていたんですよ。やはり機能素材の追求は早かったですよね。
‘90s
デナリジャケット
甲斐 このデナリジャケットは青地に白字のプリマロフト、黒地にゴールド字のゴアテックスのタグです。これを見ると、’90年代の前半くらいのものじゃないかな。たしかこのイエローは、ビームスさんで売っていたような記憶があります。昔からワイルドシングスにとって、日本におけるビームスは心強いパートナーだったと思います。もしかしたらこのイエローは、日本側のリクエストがあったのかもしれません。そういえば1998年に開店した、バンブーシュートにデナリジャケットがあったときは、もうプリマロフトとゴアテックスのタグも、これとは変わっていたから、1993~’96年くらいのものかもしれませんね。
――ディテールとして特徴的だったところはありますか?

甲斐 やはりデナリといえば風や雪の進入を防ぐ、裏地のウエストにあるスノースカートですよね。これは変わらずあり続けたディテールで、クライミングウェアやスキージャケットとしての機能ですね。あと当時はまだ、袖にリブがありました。

――たしかに現行のモデルには付いていません。

甲斐 これはグローブが進化したことで、なくなったんですよね。あと変わらない特徴的なディテールとしては、前立てのダブルジップですね。冬の登山では汗が大敵。寒くなると汗が霜みたいになってしまうので。体内の熱気を逃すために、上からも下からも開けられるようにしています。あとはハーネスを着用したときに、干渉しにくくする目的もありますね。

――ダブルジップは現代の洋服でもお馴染みのディテールですが、そもそもは機能だったんですよね。

甲斐 そうですね。クライミングウェアではお馴染みのディテールですね。
2023 FALL & WINTER
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PERTEX DENALI JACKET
こちらが2023 FALL & WINTERのデナリジャケット。プリマロフトやスノースカートなどは踏襲しつつ、シェルに防水透湿性に優れ、ストレッチ性も備えたパーテックス®シールドエアを採用している。
‘2000s
ビレイパーカ
――次は前回の#2の記事でも触れたビレイパーカですが、こちらは珍しいですよね?

甲斐 ホントだ。前回も話しましたが、ビレイパーカって2000年くらいからあるんですよ。ただこれは’80年代に見られた旧タグ。これは日本側の別注ですね。昔のタグをアクセントとして使ったんだと思います。あとリバーシブルもインラインと異なる点ですね。たしか2005年くらいのものかな。ビレイパーカは日本での本格展開がなかったので、そこにも着目したのかもしれません。
――改めると、ビレイとはクライミングの際、登っているクライマーの下で、もう一人がロープの長さを調節したり、安全確保をすること。ビレイパーカはそうしたビレイヤー向けに作られたものです。

甲斐 ワイルドシングスのビレイパーカも、非常に理に適ったものでした。まず中綿に使われているプリマロフトが、とても理に適っているんです。ダウンは温かいけど、水と風に弱い点があります。ビレイヤーはクライマーの登攀中、山でじっと待機することが多く、雨や風にさらされることもあります。するとダウンだと、雨に濡れるとロフトが失われ、凍ることもあったりして、保温性能が失われてしまう。また山は風も強いので、雨風が横殴りでビレイヤーを襲います。そこで水に濡れても保温性を失いにくく、風にも強いプリマロフトが適しているんですね。またダウンジャケットは羽毛を包むパックやフィルムを使うため、その分厚く、重くなります。ただプリマロフトはナイロンシェルなどでキルティングするだけで済み、軽く薄く仕上がる。だから持ち運びが楽だし、着脱しやすくて、使えるシチュエーションの幅が広がる。フードにコンパクトに収めて携帯することもできるんですよね。ワイルドシングスの創業者、マリー・ミューニエールは自身が登山家で、現場を知る彼女らしく、シンプルに機能を求めたアイテムだと思います。引き算上手なマリーらしいなって思いますね。クライミングウェアでもスウェットのように、普段着感覚で着られるっていうかね。

――なるほど。たしかに汎用性が高いアウターです。

甲斐 登山道をいく山登りと違って、崖を登攀したりするクライマーって、いわゆる“ヨコノリ”な人が多いんですよ。サーフィンやスケボーも好きとか。命知らずの伝説のクライマー、ダン・オスマンとかも、そんなノリでしたし。そういうちょっとヤンチャな人たちって、山でも街でも、わりと同じ服を着てることが多かった。ワイルドシングスもそんな、普段着でクライミングウェアを着る人に愛されたブランドで、ビレイパーカもそうした人たちに愛用されていたんでしょうね。
2023 FALL & WINTER
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BELAY JACKET
ビレイパーカをベースにした2023 FALL & WINTERのビレイジャケットでは、世界的なダウンメーカー、アライド社が開発した高機能中綿、ロフテックを使用。7色もの豊富なカラバリも見所。
――では次はお待ちかね、’80年代のマカルージャケットです。
‘80s
マカルージャケット
甲斐 これは古いけど、とても状態がいいですよね。’80年代まで使われていた、山猫が描かれたオリジナルのタグもカッコいいな。

――デナリジャケットとも似ていますよね。

甲斐 そうですね。もともとマカルー、モンブランジャケットとか、山の名前が付いたジャケットがあって、これらがデナリジャケットの原型にあたるモデルです。ちなみにこのマカルーもゴアテックスを使っているんですけど、さっきのイエローのデナリジャケットのゴアのタグと違います。これは一つ前のものですね。

――なるほど。あと中綿が違いますね。

甲斐 そうですね。プリマロフトではなく、デュポンのクォロフィルが使われています。これもプリマロフトと似た高機能な中綿ですね。ただ薄く仕上げられるプリマロフトと違って、ボリューム感がありますね。だからか、デナリジャケットよりもボリューム感がある。デナリとデザインはほとんど一緒だけど、マカルーは前立ての比翼が昔ながらのスナップボタンです。デナリでは途中から、より開閉しやすいベルクロの比翼にアップデートされました。あとジッパーの務歯も、寝袋に使われるものみたいに太いですね。これはまさに極寒用ですね。ちなみにスナップボタンやジッパーは開閉したときに、バチっとか、ジーっと、音が鳴る物がいいとされていたんですよね。このマカルーもしっかり音が鳴る。これはいい作りですよ。

――音が鳴るのがいいというのは、なぜなんですか?

甲斐 聴覚的にもしっかり閉まったか、開いたかを、確認できるからです。ベルクロやバッグに使われるバックルもそうですよ。実際にいいギアに使われる付属パーツは、開け閉めしたときに、しっかり音が鳴るものが多いです。

――たしかに言われてみると、そうですよね。

甲斐 イエローのデナリのベルクロも、バリっと音が鳴りますからね。あとマカルーにもスノースカートが付いていて、フロントにはバイアス状のポケットもある。このポケットの形状もよく考えられていて、ハーネスと干渉しにくく、荷物も出し入れしやすい。クライミングはいろいろ行動しながら、荷物を出し入れすることが多いので、リアリティのある作りだと思いますね。脇にはガゼットが設けられていて、ワイルドシングスらしい立体的で動きやすい作りも見られます。
甲斐 あとこの昔のカタログにも載っているんだけど、ワイルドシングスは1988年から、米国・アラスカで行われる世界最長の犬ぞりレース「イディタロッド」や、南極の犬ぞりレースで名を上げることになりました。例えばイディタロッドは毎年3月に、-40℃の極寒のなかを走り、1位でも2週間前後を要する、非常に過酷なレース。ここでワイルドシングスのジャケットが使われて、評価を高めたんです。そのジャケットのベースとなったのが、このマカルー。マカルーにファーを加え、丈も長めにしていました。こうしたギアの流れを汲んでいて、アップデートされているデナリは、それこそ名作であることがわかりますよね。
2023 FALL & WINTER
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INITIAL DENALI DOWN JACKET
デナリジャケットのベースとなったマカルージャケットをサンプリングした新作、initial(初期の)デナリダウンジャケットがリリース。胸にはオリジナルタグがあしらわれ、700フィルパワー相当の河田ダウンを充填している。
――ミリタリーウェアでいうと、2023 FALL & WINTERでは米軍のレイヤリングシステム、PCU レベル7ジャケットをモチーフにした、新作が登場しました。そのアーカイブがこちらです。
甲斐 ハッピースーツやモンスターパーカと同じ、レイヤリングシステムで一番外に着る、一番防寒性の高い、プリマロフト入りのレベル7のアウターですね。おそらく2000年代のものではないでしょうか。デナリジャケットと似た、荷物を出し入れしやすいバイアス状のポケットも特徴的ですね。

――同じPCU レベル7のアウターでも、モンスターパーカよりもボリューム感が控えめですよね。どちらかというとハッピースーツに似ています。

甲斐 モンスターパーカは極寒の空港や極地で、じっと待機する兵士達にも使われたと聞いたことがあります。おそらくこちらのレベル7ジャケットは、山を登ったり、よりユーティリティな志向があったんじゃないかと思います。肩にはより強度の高い生地で、補強を加えていますね。これはバックパックを背負って移動することが多い、兵士の用途を考えたものでしょう。またフードは着脱できますよね。これはフードが必要、不要なシーンを考慮して、どちらにも対応するための仕様です。必ずフードが必要なシーンを想定したアウターの場合は取り外せず、ハッピースーツやモンスターパーカのように収納式になっていたりします。
――なるほど、そうした違いを考察するのも、ミリタリーウェアの楽しさですね。

甲斐 ただワイルドシングスの新作では、フードを収納式にしています。これは普段使いに便利ですよね。首回りをしっかり覆って防風性が高いし、ファッションとしてもサマになる。また中綿はいまもっとも機能的といわれ、米軍も採用しているクライマシールドだ。こうしたモダンなアレンジもおもしろいですね。
2023 FALL & WINTER
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COLD WEATHER PARKA
中綿に保温性と耐久性、撥水性に優れるクライマシールドを使用。よりボリューム感のあるシルエット、サイズ感に調整し、タウンユース向けの改良がなされている。
岩と波をつかむ瞬間、
感覚が似ている
――今回、印象的だったのは、ワイルドシングスがヨコノリな人たちに支持されていたというお話です。

甲斐 聞いたことがあるのが、クライミングで岩をつかむときと、サーフィンで波に乗るときの、感覚が似ているんだそうです。だからサーフィンをするクライマーも多いんだそうですよ。あとはなにせ、ブランドネームがwild thingsですからね。創業者のマリーの周りには、そうした冒険的で遊び心のある人たちが集まっていたんだと思います。でもプロダクトは、女性デザイナーらしい繊細な作りだったり、余計なものを削ぎ落したミニマルなムードもある。タフでワイルドに使えるだけじゃない、クオリティの高さもワイルドシングスの魅力なんだと、改めて思いましたね。
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